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雲蒸龍変(学パロ史進×時遷)

 陸上部の使っているトラックから剣道部や柔道部が使っている道場へと続く小道のわきには、昼寝するのにちょうどいい、大振りの枝を伸ばす木が一本はえていた。かなり高さのあるその木に登れば、わさわさと生い茂る葉っぱが良い具合に視界を覆い、下から見上げても木の上に誰がいるかまでは見えなかった。
 「王英先輩は三日連続で、さんにゃんにフラれた、と」
 そんな絶好の隠れ家を時遷が見つけたのは、たまたま怒り狂う李逵から(授業中に内緒でおやつを食べようとしていたのでかすめとってやった!)逃げ回っていた時だったのだが、それ以来ここは、時遷だけの特等席だった。
 中学のころから陸上部の先輩で仲良くしていた石秀や、小さい頃から何かと世話になっている楊雄先生のすすめで進学した梁山高校だったが、入学して一カ月、なかなか愉快な日々を過ごせていると思う。同じクラスのやつらとはあっという間に気の置けない悪友となり、先生や先輩たちにいたずらをしかけては小言をくらうのも最早慣れたものだ。
 「ン~、先が思いやられるねェ」
 ふざけたキャラのくせに律儀に毎日書きつづられている王英の「極秘日記」(表紙にそう書いてある)を拝借し―盗んではいない、借りているだけだ―、その切ない恋心に泣くマネをしながら、時遷はごろりと木の上を転がった。小柄な体は、こんな狭い空間では重宝する。
 「さんにゃんは剣道に夢中で恋どころじゃないね。ま、剣道に夢中なのかはしらねーけど」
 ヘヘへっと高笑いしながら、さかさまに目にうつる道場を見つめる。数日前にやってきた教育実習生・林冲は、ここの剣道部の出身で、部を優勝に導いた立役者だ。おまけに容姿端麗、文武両道ときているんだから、女子生徒の注目を一身に浴びるのもしかたないだろう。だがその林冲先生は、三年の智深と浅からぬ関係で、おまけに二年の武松が林冲にどうやら一目ぼれしているらしい――この学校の噂話はたいてい、時遷の脳内に集約されるようになっていた。
 「んで、イケメン林冲先生は……あのバカと、従兄弟か。しんじらんねー、似てるの顔がいいとこだけだろ」
 来た。
 今日もまた、懲りもせずにこの道を通る”あのバカ”こと同級生の史進。
 いかにものほほんと育ったぼっちゃんのようなお上品な顔をしてるくせに、脳みそはまるで筋肉、三歩も歩かないうちに道に迷うという鳥頭も驚きの能力をもち、そのうえ裸族――まったく絵にかいたような「残念なイケメン」である。
 その残念なイケメンと時遷は、ふつうに仲良くやってるクラスメイトではあるが、小七や張順や李逵ほど一緒にいるわけでもなかった。史進はどちらかといえば、剣道部の仲間や二竜山中出身の先輩たちとつるんでいることが多かったし、女子生徒に黄色い声をなげかけられては見当違いな体力アピールをするリア充ぶりは、なんとなく自分とは離れた世界の住人を見ているようだった。
 だが、そんな史進に小さないたずらをすることが、ここ最近、時遷の楽しみの一つになっていた。
 最初のいたずらは、不幸なタイミングのズレによるものだった。梁山高校の不幸キングこと楊志に、木の上から大量のひっつき虫を投げつける計画をたてていた時遷は、楊志がいつも道場へと向かう道を通るタイミングを見計らい、勢いよくひっつき虫をぶちまけた――のだが、その時通ったのは、毎度遅刻気味に部活へと走っていく癖に、その日だけたまたま早めに姿をあらわした史進だったのだ。
 謎のひっつき虫攻撃に襲われた史進は、当然怒った。だが、うまく葉影に隠れた時遷に気づくわけもなく、おまけにひっつき虫に向かっていかにこの攻撃が彼にちくちくとしたかゆみと痛みを与えたかを切々と訴え、ひとりで勝手に和解したかとおもいきや、なにやら地面にひっつき虫で模様を描き、いきなりもろ肌脱ぎになって背中からその上に倒れこんで悲鳴をあげるというコントを見事にやってのけた。
 そして、そのあまりにも謎深い行動は、時遷のいたずら心をくすぐるには十分だった。
 それ以来、史進がここを通るたびにあの手この手で様々ないたずらをしかけているのだが、そのたびに残念なイケメン様は期待以上のコントを繰り広げてくれるものだから、時遷も日増しに笑いをこらえるのがつらくなっていた。
 (さぁて……今日はっと)
 小七から仕入れた「ワンダフルハンド」(超高性能つりざおの先に子供サイズの手の形をしたオブジェがついている超高性能カンチョーマシン)をそろそろと取り出し、性懲りもなく時遷の潜む木の下を通過する史進の尻に狙いを定め、タイミングを見計らって釣竿をふりあげ、
 「グアア!!」
 「ぶっ」
 見事にくの字に体をおりまげてつっぷす史進があまりにも情けなく、堪え切れない笑い声が漏れる。
 「……くそー! だ、れだ!」
 (やべっ)
 涙目で尻を抑える史進の目が、明らかにこちらを見つめている。これはバレてシメられる前にずらからなければ、とあわててワンダフルハンドをまきあげたとき、
 「あ……」
 どう、という音をあげて突風が吹き、枝が大きく揺れる。途中の細い枝にひっかかった釣り糸をあわてて外そうと腕をのばした時遷の軽い体が、そのあおりをくらう。
 「っ!」
 ふわり、簡単に宙に浮き上がった時遷は、とっさに目を閉じる。どこから落ちれば、怪我が少なくてすむだろう――
 「……って!!」
 「ぎゃっ」
 思ったほどの衝撃がなかったのは、なにかやわらかいものがクッションになったからで、そしてカエルがつぶされたような声が聞こえたことを思えば、おそらく「なにかやわらかいもの」というのは、
 「わ、わり、史進! ケガ……」
 剣道部期待のホープに怪我をさせたとなればタダではすまないと、あわてて史進の上からどけようとした時遷はしかし、彼に馬乗りになったような格好のまま、動けなかった。
 「……時遷……?」
 幼子でもだきとめるかのように時遷の腰を抱えたまま、史進が目を見開いてこちらを見つめてくる。
 ぽかん、という形容詞がぴったりのその顔は、間近で見ればくやしいことに随分整っている。
 「なんだ……時遷か……」
 「へっ、俺で悪かったね。かわいい女の子だとでも思ったァ?」
 とりあえず怪我はないようだということに安心して、ふざけた口調でからかうと、なぜか史進は、これ以上ないほどまばゆい、まばゆい笑顔を浮かべた。
 「なあ、もしかして、いつも木の上からいろいろやってたのも、時遷か?」
 「……んだよ、だったら何だ? 仕返しでもするか?」
 「仕返し? なんで?」
 ありえないほど近づいてきた顔が暑苦しくて、抱えてくる腕の力がばかみたいに強くて、そして、
 「俺、時遷のこと好きなんだけど、時遷も俺のこと好きってことか?」
 「…………は?」
 ――この学校の噂話はたいてい、時遷の脳内に集約されるようになっていたけれど、その一言だけは初耳だった。


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