スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

尋春不見春(学パロ陸→林)


 学校の紹介と生徒達への顔見せだけであっという間に過ぎた教育実習生活初日を終え、林冲が自宅に帰ったのはまだ三時半にもならない昼下がりだった。
 「おかえりなさい。今日ははやかったのね」
 「ああ、ただいま」
 洗い物をしていた母に今日の出来事を話しながら、暖かい麦茶の入ったポットと二人分の湯のみを抱え、自室に向かう。玄関先に無造作に並ぶ見慣れた靴が、なんの遠慮もなしに林家に迎えられる幼馴染の来訪を告げていた。
 「今日は、バイトじゃなかったのか?」
 「ああ、休み」
 我が物顔でソファに寝そべり、自宅から持って来たらしい漫画を読みふける陸謙の、眠たそうな顔に苦笑しつつ、林冲はローテーブルにポットと湯のみを置いた。
 「で、どーでした? 林冲センセは」
 漫画から目もあげず、それでも唇の端にからかうような笑みを浮かべた陸謙の問いに、林冲はそっと目を伏せて今日の一日を振り返る。
 「そうだな……自分の卒業した学校に、教育実習とは言え、教える側として戻るのは、少しおかしな気分だった」
 やわらかな湯気をたたせる麦茶の碗を陸謙のほうに押しやり、かばんからスマートフォンを取りだす。
 「校舎も、雰囲気も、変わっていなかったな」
 「まあまだ卒業して3年ちょいしかたってねえからな」
 「でも、ほら、俺たちがいたときはまだ工事中だった芸術棟が完成していたぞ」
 「うわ、すっげー立派! なに、もうかってんの?」
 「晁蓋校長が色々とつてをたどったらしいが……そうだ、校長も相変わらず元気そうだったぞ」
 「相変わらずの脳筋なんだろーな」
 「それに、まだ智深と張青もいた」
 「……はぁ? 坊主も沼田もいつまで留年してんだよ……」
 懐かしい話に花を咲かせながらも、ふと、今日初めてであった少年のことを思い出し、忍び笑いが漏れる。
 「……なんだよ、かわいい子でもいたか?」
 音をたてて麦茶をすする陸謙の目がにやりと細くなる。たしかにかわいくはあったかもしれないが。
 「いや……おかしな子がいてな」
 「あの学校でおかしくないやつなんていねえだろ」
 「それが……なんといったらいいか、とてもまっすぐで明るくて豪快なんだが、まっすぐすぎて、おかしいというか……智深とも仲が良いみたいだった、ほら、あの手のタイプだ、わかるだろ?」
 麦茶をすする音が、一瞬とまる。
 「俺が自己紹介をすると、なぜかいきなり立ち上がって、俺をじっとにらみつけてくるんだ。いや、睨んでいるわけじゃなかったかもしれないんだが」
 悪い子ではなさそうだった。喧嘩でもしたのか、腕のあちこちに擦り傷があったが、根は真面目なのだろう。あとで智深に、あの子のことを聞いてみようか……びっくりしたようにまん丸な瞳で自分を見ていた彼――武松、と言う名の少年の姿を思い出し、笑いとともに麦茶を飲みこんだ。


 既に二度、目の前でひとり穏やかに笑う幼馴染相手に、失恋している。もちろん、彼はそんなこと知ったこっちゃないだろうが。
 一度目は、自分たちが高校生だったころ、林冲にとても美しく優しい彼女ができたときだった。所詮男が男に抱く愛情なんて、女との間のそれには勝てないだろうと、悔しさと寂しさを抱えながらも陸謙はその失恋に納得していた。
 二度目は、高三の夏だった。林冲の彼女の家が火事になり、彼女はとてもたやすく、死んでしまった。お上品な交際をしていた二人を信用していた彼女の親が、遅いから泊って行きなさいというのをお上品にも林冲が断った、その夜のことだった。後悔し、悲しみ、憔悴する彼の心に寄り添っていたのは、自分ではなかった。高校で林冲と出会ってから、なにかと気の会う親友というポジションを手に入れた智深は、その夜、偶然、林冲の彼女の家の近くにいた。とろくさい消防に焦れて燃え盛る家に突入し、守れなかったと泣いて詫びる彼の火傷した手を握る林冲を見て、彼らの間の情を知った。それは一度目以上の悔しさだった。智深と林冲の間の情が、恋ではなかったからだった。恋すら凌駕する感情の前に、いったい自分は何ができただろう。
 「少しずつ春らしくなってきたな」
 なにとない、意味もない、どうでもいい会話をしながら、林冲がおもむろにスーツを脱ぎ始める。ネクタイをほどきベルトをはずしシャツを脱ぎ落とす衣擦れの音も、あらわれた細いくせにひきしまった半裸も、そのすべてを陸謙はあますところなくとらえていた。いまさら遠慮などしてやれるほどこの想いは軽くはないし、この想いに幸せな結末などないからこそ彼はぶしつけな視線もまったく気にしない。
 ――可能性の一片でもあるのだったら、こんなふうに、自分のことを脳内で汚している男の前で服を脱いだりなんかしない。
 (殴りてえ)
 名前も、顔すらも知らない男子高校生のことを、確かに殴りたいと思った。
 そいつには想像すらできないだろう林冲の姿を、どれだけ自分が見てきたか思い知らせてやりたい。
 女ならばかの楊貴妃もかくや、などと冗談まじりにたたえられ、文武に秀でた凛とした美丈夫が、まるで子供のように笑い、怒り、すきだらけの姿で寝ころぶところを見たことがあるかと、問い詰めてやりたい。
 そして、林冲にこんなにも優しい笑顔を浮かべさせているその少年に、かなわない恋というものを教えてやりたい。
 (お前の幼馴染になんか、生まれてくるんじゃなかった)
 そうすれば、幼い頃からなにかと言えば優秀な彼と比べられてプライドを傷つけられることも、二度も(そしてきっと三度も)心を切り裂かれることも、そんなことすらどうでもよくなるほど彼が愛おしいと想うことも、なかった。
 「お茶、もう一杯いるか?」
 「おー」
 あっというまにセーターとスウェットパンツに着替えた林冲の、緩やかに波打つ前髪が、春の夕陽に照らされ美しい影をおとしていた。
 

 了
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。