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東平府の女(史進×時遷)

 宋江が東平府で勝利を収めたという知らせは、それに付随するあれこれの話をともなって、あっというまに盧俊義軍の中を駆け巡った。
 「九紋竜のやつは、本当に、やらかしてくれたよなァ」
 その宋江軍への伝令として走る支度を整えながら、白勝が呆れ返ったようにぼやく。
 「ま、それでも無事に生きて出てきたから、良かったってもんだ」
 「まあね」
 見張り台からあたりを見回す時遷の視界には、勝利の余韻に浸り高らかに笑う敵将・張清の姿が小さく映っている。堂々とした、なかなかの男前だ。
 でも、まあ、自分の知っている阿保ほどではないのだけれど。
 「なんだ、随分あっさりじゃねえか。お前、さてはあいつが娼妓のとこに潜もうとしたってんで、妬いてんな?」
 「ヘッ、行きずりの女相手に、誰が妬くかよ。」
 「お、余裕だねェ。でもよ、噂じゃ……」
 心配しているというよりは、完全にからかっているような表情を浮かべ、白勝が耳元で囁く。
 「梁山泊に連れ帰って夫婦になろうとか言ったらしいじゃねえか。ちょっと離れてる間に愛想つかされたんじゃねえの?」
 「……無駄口叩いてないでさっさと行けよ、おっさん」
 「おお、こわ! わかったよ、向こうであいつに会ったら、かわいいかわいい蚤野郎がお怒りだって言っといてやるから」
 ひらひらと手を振り、あっという間に見張り台を滑り降りていく白勝の後姿を眺め、時遷はひとり、薄く笑った。
 白勝は、知らないのだ。
 かつて、未だ世間を知ったばかりの九紋竜史進が熱をあげた李瑞蘭。
 彼の容姿と、燃やした我が家から運び出した財があれば、瑞蘭程度の娼妓、買い上げてともに連れだって王進を探す旅に出ることだってできたはずだった。
 それがなぜ、ぱったり彼女のもとを訪れなくなったのか。
 「……よかった…………」
 史進が無事に牢を抜け出し、宋江と合流したという知らせを聞いた途端に力の抜けた足を、それでも白勝の前ではひた隠しにしていたが、それももはや限界となり、へたりとその場に座り込む。
 知らないのだ。
 白勝も、李瑞蘭も、そして史進も。
 客の秘密を暴きそれを売って小金を稼いでいた小賢しい娼妓相手に、絞り取られる寸前だった史進のなけなしの財をかすめ取ったのが、誰であったのかを。
 暴漢に追われていたところを助けてくれた恩人の腕の中で、極上の笑顔を浮かべた美少女こそが、その犯人であったことを。
 金のなくなった男に途端に冷たくなった娼妓の存在などどうでもよくなるほどに、彼が心に刻んでしまったその美少女の正体が、
 「……そういや、あの金返すの忘れてた」
 心配ばかりかける愛すべき阿呆には、あの時の金は心配料としてもらっておいてやるとでも言っておこう。きっと、何のことかわからずに、ぽかんと間抜けな顔をするんだろう。
 (はやく連れて来い、ばぁか)
 白勝の脚に戴宗の如き力が宿るよう、時遷はそっと念じた。
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